販社ニュース 整う 2011年10月27日 (木)
昨日、東京は木枯らし1号が吹いたようですね。
やっと朝も冷え込んでまいりました。というのも、
もう11月になろうとしているのに、温かいというより汗ばむ日も続き、
「例年」ということばや感覚が、いかに頼りないかを感じます。
HPCのコンヴェンションがあった日の神戸も、
(東京は冷え込んだ日になるのですが、)とても温かく穏やかでした。
ただ、温かいのは嬉しいことです。
今年はいつもより果物が甘く、花の色の鮮やかなのが印象的です。
神戸へ行く最中の新幹線の窓から見る景色も、列車は高速で走っていても、
黄色い花の鮮やかさが目にとまり、それが何であるかも分かるほど。
その花は、おそらくセイタカアワダチソウ。よくブタクサと間違われるのですが、
その花粉は飛散しないタイプの花で、花粉症の原因にはならないそうです。
明治頃に入ってきた北米産外来種で、
養蜂の花として持ち込まれたという説も納得するほど、
福生に咲くセイタカアワダチソウにもミツバチが集まってきています。
200年前までは、日本では見られなかったこの花が咲いている風景。
一時は、この植物により生態系が脅かされると心配もされていたようでうが、
今では、ススキなどと共生の道をたどっているといわれています。
今年は、このセイタカアワダチソウの色がとても鮮やかに見えます。

最近、「整う」ということをよく考えます。「整える」ということより力味がなく、
「整ってしまう」という感じでしょうか。
自然の力というのは人が想っているよりもヴェクトルが、
「整う」方へ向かいます。
その過程で、一見破壊的な現象が起きる可能性があっても、
それが結果的に必然的な過程とも考えられ、
そこには新しい芽も同時に生まれるようになっている気がします。
それだけ、自然の生命力は精妙なんですが、人間はどうでしょう?
人も自然と離れる事ができない自然そのもの。
だから自然の流れ、心身の変化を感じてみる事がとても大事な気がします。

自然が「整う」ことには
強靭で柔軟な「命の意志」によって
調和のとれた結果がすでに存在している前提があると想います。
自然の流れはこの命の意志にもどってくるだけ。
そのような気がします。
人で言うと、この意志は信念のようなことかもしれません。

シナリーの理念の中にある「信念」は消費する側から考えると、
製品のなかにある自然の声を忠実に表現すると、
(つまり、気持ちよくお使い頂けると、)
自然と調和に基づいた結果に
ちゃんと整うということなのかもしれません。
と、秋が深まると同時に、想いも深まってまいりました(笑)
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